2020年04月14日

ロンドン留学と銀座への出店

TORIBA COFFEE代表の鳥羽伸博さんをお迎えしています。

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鳥羽さんは、高校卒業後にロンドンに留学されています。
小黒「ロンドンって、そんなにコーヒーうるさいところだと
思わないんですけど、どこで、コーヒーにたどり着くんですか?」
鳥羽「いや、コーヒーの仕事するとは思わなかったです。
日本に帰ってきてからも、考えてなくて。
ただ、ロンドンに留学したての1996年ごろって、イギリスではアートが凄かったんです。
いろんな人がいろんなことをやって自分を表現しているのが非常に面白くて、
何かを通して自分を表現しなきゃいけないっていうのは、
その時に思ったんですよね。
日本に帰ってきてからいろんな仕事をして、
その上で、コーヒーで自分を表現できるかなって思ったのが元々ですね」

鳥羽さんの意外な交友関係…?
小黒「鳥羽さんの友達って、僕の世代の知り合いばっかなんだけど?」
鳥羽「ひどい人たちばっかりですね笑。
皆さん音楽が大好きな方たちなので、それを通して知り合いました。
小黒「でも、みんな点々としてるじゃないですか、ニューヨークだったり、
ミラノだったり。繋がりは自然にできちゃったんですか?」
鳥羽「そうですね。僕の師匠みたいな方がインターネットの普及前に言ってたのが、
『これから情報化社会になっていくから、行動力の方が重要だよ』って先に言われて、
その時は全然意味がわからなかったんですけど、それからネットがどんどん発展して行った時に、『あ、実際に行ったやつの方が強いな』となんとなくわかって、
何年も海外をウロウロしてました。」

銀座にお店を構えた理由とは?
鳥羽「たまたまっていうのが正直なところなんですが、
珈琲店がない場所って考えると銀座はよかったかなと今になって思ってます。
意外とコーヒーってそんなに失敗のないビジネスだと思っていて、
例えばライバルのいない住宅街だったら、多分ずっとやっていけると思うんですね。
きちんとコーヒーを丁寧に焙ければ、それは長く続くものだと思うんで、
場所はそんなに関係ないかなと思っていて。
その中で銀座というのは、たまたまというか、
銀座が寄ってきたというか…そういうご縁があった気がしますね」

今夜の選曲:FA-FA-FA-FA-FA(SAD SONG) / OTIS REDDING

staff| 20:00 | カテゴリー:ゲストトーク

2020年04月13日

お店のコンセプトとコーヒー豆へのこだわり

TORIBA COFFEE代表の鳥羽伸博さんをお迎えしています。

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『TORIBA COFFEEはカフェではありません。喫茶店でもありません』
という、お店のコンセプトについて。
鳥羽「やっぱり、コーヒー豆を売るお店をやりたかったっていうのがあります。
僕はコーヒー豆を売って、そのコーヒー豆を
お客様が家で楽しんでいただくという形態を
作りたかったので、必要以上に口出しするのは
止めようという考え方で最初は作りました。」

コーヒー豆に対する独特のこだわり…
鳥羽「やっぱりお寿司屋さんも河岸に行って、
一番いい魚を探すというのがあると思うのですが、
自分たちも農地に行って豆を探すというのは、今回は止めようと決めました。
あくまでも、今一番いいと思う豆を自分たちの考え方で
ブレンドして、自分たちの考え方で焙こうというのが
店のコンセプトなので必要以上に情報を入れないというのは思っています。」

今回は、お店のコーヒー豆をスタジオにお持ちいただきました。
小黒「New Latin Quarter TuneとかHawaian Bitter Sweet Samba
……何だか、音楽みたいなノリの名前がついてますけど、
このネーミングも全部ご自身で?」
鳥羽「ネーミングも考えてますね。
最初にコーヒーのイメージを作ってから決めます。
New Latin Quarter Tuneは、Latin Quarterの憧れがあったので、
名前の響きから来てるんですけど、
これはコーヒーで言うと、
ラテンの国を4分割してるという考え方で、
4カ国の豆を選んでブレンドしたら意外と上手く行きました。
中米と南米の豆を混ぜてみたり、
出来上がったコーヒーのイメージを合わせていくという感じです。
たまに失敗もありますが笑。」

豆も大事なんだけど、焙くのも大事なんですか?
鳥羽「うちは焙煎屋さんなんで、どちらかっていうと
焙煎が一番大事だと思っているのですが……
当然コーヒー豆を作ってる方々は豆だと言いますし、
淹れるのを専門にされてる方は淹れ方で
どんなまずい豆でも美味しく淹れられると自信を持ってたりもするんですよね。
これ非常に難しい問題で…
ただ、やはりいい豆でもいい焙煎じゃなきゃ、
ダメなんじゃないかなと思いますし…。
最後の方がいいですよね、こういうのって?笑」

今夜の選曲:THE THRILL IS GONE / JERRY GARCIA & DAVID GRISMAN

staff| 20:00 | カテゴリー:ゲストトーク

2020年04月09日

4月13日から4月16日は…

TORIBA COFFEE代表の鳥羽伸博さんをお迎えします。

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1977年東京生まれ。
高校卒業後イギリスに渡られ、8年の滞在を経て帰国。
2014年に銀座にコーヒー豆専門店『TORIBA COFFEE』をオープンし、
さらに併設したミュージックバーで音楽イベントも開催していらっしゃいます。

staff| 20:00 | カテゴリー:ゲストトーク

2020年04月09日

いい意味でいい加減な味覚とは?

オテル・ドゥ・ミクニ
オーナーシェフの三國清三さんをお迎えしています。

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外国の方は寿司を食べるようになりましたが、
味覚が変わってきてる?
三國さん「僕が20歳の頃、スイスのジュネーブ大使館の
料理人になったんです。その頃、外国人は一切、
刺身もお味噌汁も食べなかった。
『あんな生臭いもの、食べ物じゃない!』と言って。
それが今、パリに行ってお寿司屋さんに行くと、
刺身だけのどんぶり一杯を食べている。
そのとき思ったのは『味覚というのは
絶対に決定的なものがなくて、変わるんだ』ということです。
味覚っていうのは本当にいい加減だと思います。
あれだけ拒否ってた外国の方が、刺身をうまいって食べている。
味覚というのは、良い意味でいい加減だと思います。
その時の時代で、世界中が受け入れるものなんだと思います。」

今夜の選曲:OH HAPPY DAYS / DION

staff| 19:52 | カテゴリー:ゲストトーク

2020年04月08日

世界料理大賞・最優秀賞を受賞した料理本「japonisee」とは?

オテル・ドゥ・ミクニ
オーナーシェフの三國清三さんをお迎えしています。

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昨年秋に東京美術から出版された
『JAPONISÉE Kiyomi Mikuni』について伺いました。
三國さん「作るのに5年かかりました。
実は、35年前に『皿の上に、僕がある』っていう本を
出版しまして、真俯瞰から料理を撮るっていうのは
世界で初めてだったんです。これをドイツで出版したときに、
出版社の買い手つきまして。
35年前に、外国の本を買うことはあっても、
版権とかを本を売るってことはしてなかった。
それで結局この本は、世界には出なかったんです。
35年前にその悔しい思いがありまして、
次は絶対に世界の最優秀本にするんだってことで、
5年前に英語版も併せて作ったんです。
世界に料理の本だけを審査する、
審査発表会(グルマン世界料理大賞)があるんですが、
この賞は、料理会のオスカー賞と呼ばれてるんですけど、
2019年の225か国の中の最優秀賞を見事ゲットしたんです。
世界中のシェフたちが絶対にしてないことをしようと、
表紙を和紙にしたり、備前焼の人間国宝の佐藤苔助さんに
何百枚も焼いてもらったお皿を使ったりして、
世界中の人が驚くようにしました。」

今夜の選曲:CAN'T WE BE SWEETHEARTS / DION

staff| 19:52 | カテゴリー:ゲストトーク

2020年04月07日

長年続けてきた味覚教育

オテル・ドゥ・ミクニ
オーナーシェフの三國清三さんをお迎えしています。

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三國さんが考えている五味について教えてください。
三國さん「元々はイタリアのスローフードと、
フランスのシェフ達が、味覚「甘い、酸っぱい、しょっぱい、苦い」を
12歳までに教えていたんです。彼らは、四味なんですけど、
僕は「旨味」を入れて五味にしてます。
フランスのシェフたちが「三國お前もやれよ」っていうので、
2000年から小学校に出向いて味覚教育を教えています。
最近は、小学6年生の時に教えた子が、ウチの店にくるんですよ!
30代の立派にサラリーマンになってもう感動的です。
まだ、小学校に行く活動は続けてるんですけど、
やっぱり長年続けた成果っていうのは感動しますね。
教えた子たちが親とか同僚を連れて食べに来てくれると、
すごくじーんと来ます。やってよかったなって思いますよね。」

味覚教育をやっていて日本の子供たちの味覚は衰えている?
それともグルメブームで鍛えられてる?
三國さん「中学校行くと生意気になって別なんですけど、
小学6年生っていうのは、親の言うことしか聞かないので、
要は親の責任、親のエゴですよね。
親がファストフードやジャンクフードに拘れば、
子どもそうなるし、親がちゃんとスローフードに拘れば、
子どももそうなる。だから、親次第ですね。
ずーっと味覚授業をやってきて、
100人いたら、どうでもって人が半分で、
ちゃんと気をつけなきゃいけないって思う人が
半分だと思っています。僕の理想は100%ですけど、
半々でも十分、そのバランスでもいいのかなって、そういう実感です。」

今夜の選曲:RUBY BABY / DION

staff| 19:52 | カテゴリー:ゲストトーク

2020年04月06日

おうちで楽しめるお弁当の販売について

オテル・ドゥ・ミクニ
オーナーシェフの三國清三さんをお迎えしています。

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今回スタジオに素敵なお弁当をお持ちいただきました。
弁当をやるようになったとか?
三國さん「今みなさん、自宅待機だとかで
うちだけじゃなく日本中のレストランも
お客さんが半分以下になってる。スタッフも仕事が少ないし、
そういう時用におしゃれなお弁当を作ろうということになりました。
これからもっと状況が厳しくなるので、
こういう時にちょっとお家で、家族だけでご飯を食べる時に、
小洒落た食べ物があれば気持ちも華やぐと思います。」


マンスール・キッチン・ミクニBENTO、
お重に入っており2人前で9800円。
メニュー名:フォアグラの軽いムース、ショコラ味、トリュフ添え
このチョコレートみたいなものは?
三國さん「これは、フォアグラのムースの上に
チョコレートとトリュフが乗っかってるんです。
栄養価的にもトリュフって、幸せを感じたり、
いろんなオレイン酸とか、悪玉コレステロールを下げる
効果とかもたくさんあるんです。それにプラスして、
フォアグラやトリュフっていうと、
なんとなく気分的にも気持ちいいじゃないですか。」

メニュー名:ローストビーフの赤ワインリゾット包み
このお肉はなんでしょう?
三國さん「それは、ローストビーフで牛フィレなんです。
赤ワインで炊いたご飯を、ローストビーフで丸めて、
ウドの酢漬けが入ってるんです。」

メニュー名:深谷もやしと青さのジュレがけ
この海苔みたいなの何?
三國さん「それが、あおさのり。
これが免疫力をすごく高めてくれるということで、
今本当に手に入らないくらいなんです。」
家族みんなで食事する時に、ご飯や味噌汁、お刺身の他に、
このBENTOがあると食卓が華やかになりますし、
老若男女食べられるように仕掛けております。」

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今夜の選曲:DONNA THE PRIMA DONNA / DION

staff| 19:52 | カテゴリー:ゲストトーク

2020年04月02日

4月6日から4月9日は

オテル・ドゥ・ミクニ
オーナーシェフの三國清三さんをお迎えします。

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1985年にオープンした
四谷のオテル・ドゥ・ミクニのほか、
各地でお店をプロデュース、札幌、名古屋、京都など
全国に展開していらっしゃいます。

staff| 20:00 | カテゴリー:ゲストトーク

2020年04月02日

昨年、日本を賑わせた「ONE TEAM」。選手の目から見た、“チーム”という組織とは?

元ラグビー日本代表 大畑大介さんと、
車いすラグビー日本代表 池崎大輔さんをお迎えしています。

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昨年から言われている『ONE TEAM』について。
大畑「組織って一つのことを達成させるために、
しっかりとした明確な目標がないとダメだと思うんですね。
その目標に対し、全員が同じ温度感でできるかは別だと思う。
だけど、やはりそれぞれが自分の中で、自分の価値を見出しながら、
自分ができることに対して、100%全うできるかだと思います。
そのことによって、同じベクトルを向いて、
そのチームが一つ広がっていくということになると思うんですね
そういったところが『ONE TEAM』として皆さんに
受け入れられたことだと思います。
またラグビーはエースや4番の集まりだけじゃない。
一般的にスポーツのトップ選手、その組織というのは、
全てに置いてトップの選手が集まってると思われがちですが、
ラグビーの場合はそうじゃないんです。
確かに素晴らしい能力のある選手もいますが、
その周りにどういった選手がいるかによって、
チームの構成は変わっていくんですね。
その中で、自分が何のために、誰のために、
チームのためにって思いが、一番重要なことになってきます。
そういったことが出来たからこそ、素晴らしい結果に
繋がったんだと思います、自分たちの中で、社会の中で
どういったとこに置かれているかって、それぞれあると思います。
そういったものに自分を投影できたのが、ラグビーにはあったと思いますね。

staff| 19:52 | カテゴリー:ゲストトーク

2020年04月01日

車いすラグビーの発祥は? その魅力と普及活動

元ラグビー日本代表 大畑大介さんと、
車いすラグビー日本代表 池崎大輔さんをお迎えしています。

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車椅子ラグビーはマーダーボールと呼ばれているくらい、
激しいスポーツなんですけど、これはどの国で誰が発案?
池崎さん「1977年で僕の生まれる一年前の
43年前にカナダの方で作られた競技なんです。
障がいの重い人にも、スポーツをやる機会を与えよう、
何かスポーツを作ろうっていうので生まれたのが、
この車椅子ラグビーなんです。でもやってる人は、
両手両足に障がいがあって、障がいの重い人たちなんですけど、
競技を見てみると、一番車椅子の競技の中で激しい競技ではあるんです。
そこにはいろんな意味があるんですけども、
車いす同士のぶつかり合いっていうのは、激しい転倒もある。
その激しさからマーダーボールという名前がつきました。」

三菱商事の障害者スポーツ支援プロジェクト
『DREAM AS ONE』は、障がい者スポーツの理解や
認知度を高めるために様々な活動を行っています。
池崎さんはサポーターとして参加されていますが、どんな思いが?
池崎さん「一番僕がすごいなと思うのは、パラアスリートと、
オリンピアンとパラリンピアンの違いってスタートが違うんです。
そのために、障がい児がパラスポーツを小さいうちから体験する。
スポーツっていう人生もあるんだよって、
そこの出会いと気づきときっかけを作るイベントをしているんです。
ターゲットを小学生とかに向けてやっていまして、
小さいうちからスポーツに関わってもらう。
そして、大きくなったときに、もっと早い段階でパラスリートとして、
世界に挑戦できる力を付けてもらう。
そういうのをやっていきたいなと思っています」

staff| 19:52 | カテゴリー:ゲストトーク


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