2017年07月10日

和紙を素材にファッションを考える。和紙に魅せられたきっかけとは?

ファッションデザイナーで、「うるとら はまいデザイン事務所」
代表の浜井弘治さんをお迎えしています。

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浜井さんには5月22日に開催された
ロハスデザイン大賞で、
ファッションショーを行って頂きました。
その際に使用した洋服は全て、
和紙の素材できた洋服だったそうです。
浜井さん「実はあの時、全て和紙の
素材でできたもので、ポロシャツやジーンズ、
ブラウス、ハーフコートなどもあったんですが、
全て和紙の素材でできたものを使用しました。」

和紙に魅せられたきっかけは?
浜井さん「最初はポリエステルって素材を自由に
開発してみたかったんですよ。
というのも、ポリエステルって
すごい汎用性が広いじゃないですか?
例えば、下着にもなればアウターにもなる。
暑い時にも寒い時にも使えるんです。
こんな素晴らしいものを1度で良いから
世界の人に広めてみたいって気持ちがあったんですよ。」
「まぁそんなこと簡単にできっこなかったんですけど…(笑)
でももしかしたら、何か忘れられている素材の中で
できるものがあるんじゃないか? とずっと探していたんですね。
そしたら高知県立美術館と島根の方の美術館に
たまたま行く機会あった時に、江戸時代のもので
和紙でできたレインコートを見たんですよ。
これひょっとしたら、軽いし日本人にも身近だしと思って、
試しに和紙でデニムを作ってみたんですよ。
そしたら、タマムシのように軽いデニムができたんです!
しかも軽くて、機能的なんです。これまでのデニムって、
カッコイイんだけど、夏 暑くて、冬 寒いので、
中々快適とは言えなかったんですね。
そこで和紙のデニムから、
和紙に関して可能性を見始めたということです。」


今夜の選曲: LAMINATED CAT / JEFF TWEEDY

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2017年07月07日

7月10日から7月14日は

ファッションデザイナーで、「うるとら はまいデザイン事務所」
代表の浜井弘治さんをお迎えします。

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1964年山口県 下関生まれ。
85年に文化服装学院を卒業され、
テキスタイルのメーカーを経て、三宅一生デザイン事務所に入社、
服飾デザイナーとして活躍された後、独立されて、
2006年に故郷・山口に「うるとら はまいデザイン事務所」を設立、
代表を務めていらっしゃいます。

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2017年07月07日

「Kangarui」 今後のビジョンについて

Kangarui代表で、
アーティストのRui(山下累)さんをお迎えしています。 

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ケニア ナイロビの人々のファッションについて
「民族衣装はあまり着ていなくて、
インターネットを使えるようになったせいか
インスピレーションを受ける機会がとても増えました。
パリとかニューヨークのファッションを取り入れて、
自分なりのアレンジしていくって人たちが増えていますね。」
「ファッションイベントもたくさん増えまして、
モデルさんたちもすごいカッコイイんですよ。
私自身もメンズウェアをこの前制作したですけど、
現地のカッコイイモデルさんに試着してもらいまして、
すごい評判が良かったです。」


「Kangarui」 今後のビジョンについて
「私の商品がカラフルなのは、ケニア人の
ポジティブな気持ちとエネルギーを
表現していると思っているんですね。
なので、私の商品を買ってくださる方たちにも
そういうい気持ちがちょっとでも伝われば良いな思っています。
あとは今、ケニアで密漁の問題が
深刻になっているんですが、そういう動物たちの
保護活動にも関わっていきたいなと思っているのと、
あとは今販売している商品をケニアだけでなく、
もっと多くの人に届けていけたらなと思っています。」

【「Kangarui」のアート作品・商品】
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今夜の選曲: ALL AROUND THE WORLD OR THE MYTH OF FINGERPRINTS / PAUL SIMON

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2017年07月06日

ケニア ナイロビでの商売、そのこだわりと思い

Kangarui代表で、
アーティストのRui(山下累)さんをお迎えしています。 

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Ruiさんの商品となるアート作品、
お皿などの作品はナイロビで、
バックやクッションなど、
生地にプリントするものに至っては、
日本で製造しているそうです。
Ruiさん「生地のデジタルプリントが、
ケニアには無いんですね。
私のアートってすごいカラフルなので、
ビビットにプリントできる技術は
日本が世界一と聞いていたので、日本で作っています。
やはり良いクオリティの物を作りたいと思っているので、
日本とナイロビで分けて作っています。」

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ケニア ナイロビで、なぜ商売をしているのか?
Ruiさん「いろんな人にどうして、
ナイロビでブランド立ち上げたの? とか
他の国の方が儲かるんじゃない? とよく言われるんです。
それはそれで本当にそうだと思うんですが、
私の夢として、またケニアに戻るということがあったんです。
ケニア自体も新しいものが今たくさん出てきている時期で
クリエイティブな人たちも出てきている中で、
私もそのうちの1人になりたいなと思ったんです。
現地の人は私のことををローカルデザイナーとして
みているんですけど、実際に現地の人に商品を見せたら、
ケニア人もこんなの作れるんだ! すごいじゃん!って
言ってくれまして、それがすごい嬉しかったんです!
これからも頑張ろうと思いました。」

Ruiさんの商品の詳細は下記のリンクから!
オフィシャルサイト【Kangarui


【「Kangarui」のアート作品・商品】
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今夜の選曲: GUMBOOTS / PAUL SIMON

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2017年07月05日

Kangarui設立のきっかけと、ケニアでの商売

Kangarui代表で、
アーティストのRui(山下累)さんをお迎えしています。 

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ケニアを始めとするアフリカは、
貧しいというイメージがありますが、
実際に現地に住まれているRuiさんの
イメージは少し違うようです。
Ruiさん「人はすごい明るいんですよ。もちろん、
日々色々な問題はあるんですけど、多分その問題が
あるからこそみんな毎日を100%に生きようと
思っていると思うんですね。なので、
すごいエネルギーもありますし、最近はアートとか
芸術分野のシーンの方とかも出て来ていて、とても
エキサイティングな場所だと思います!」


日本での就職後、再びケニアに渡ったのが去年の9月。
ケニアでブランドを立ち上げて、
ビジネスを始めたきっかけについて
Ruiさん「4年前はドイツに住んでいたんですけど、
暇な時間がアート作品を好きなように作っていたんですね。
そしたら、全部カラフルで動物の入った
アートになっていたんです。その時に
「あ〜… ケニアが恋しいんだなぁ」って思って…
そのあと日本で2年間住んでいたんですけど、
ケニアにもう1度住んでみたいなと思うようになりまして、
自分の商品を少量作ってマーケットリサーチをしてみたんですね。
そしたら、現地の人は新鮮に思ってくれたようで、
お店の方々が置いてくれたりとか、
直接購入してくれたりとかしてくれて、
これは自分の商品でビジネスが
できるかもしれないって思ったんです。」

【「Kangarui」のアート作品・商品】
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今夜の選曲: I KNOW WHAT I KNOW / PAUL SIMON

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2017年07月04日

グローバルシティズンという考え方

Kangarui代表で、
アーティストのRui(山下累)さんをお迎えしています。 

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Ruiさんは18歳までケニアで過ごされた後、
大学はイギリスのティンガムトレント大学に進学。
グラフィックデザインを学ばれました。
Ruiさん「イギリスの大学卒業してからは、
少しインターンとしてロンドンで働いていたんですけど、
日本に住みたいという思いもあったので、
23歳ぐらいに日本に戻って就職しました。」

大学卒業後の日本に戻った理由として、
Ruiさん「デザイナーとして、(日本は)憧れる場所ですね!
色々なインスピレーションもありますし、
(日本で)学んでみたいなと。あとは、
もちろん国籍も日本人なので、日本のことも
もっと知りたいなという気持ちもありました。」

実際に日本に住んでみてイメージと違ったことは?
Ruiさん「母親の日本語しか学んでいなかったので、
日本がちょっとオバさん日本語で笑われたりして…(笑)
あと1番衝撃だったのが、最初に就職した会社でなんですが、
バックからりんごを取り出して丸噛りしたら、
上司の方に「女の子はそんな風にして食べないよ!」って
怒られて…(笑) 「タッパーに入れて持ってくるんだよ!」って
言われて、日本って色々なルールがあるんだなぁって…(笑)」

日本に在住して、色々な戸惑いもあったRuiさん。
悩んでいたりした時期もあったそうです。
そんな中「グローバルシティズン」という
考え方に辿り着きました。
Ruiさん「日本人から受け入れられなかった
部分も多くあって… だからと言ってケニア人かというと
そうではないし… どこから来たの? と聞かれた時に答えが
中々わからなかったんですね。
そんな中で、そういうことは関係なく、
個人個人みんな違うように、国籍とかも関係なく、
グローバルな人として見て欲しいなと思いました。」

【「Kangarui」のアート作品・商品】
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今夜の選曲: WORLD CITIZEN〜 I WON’T BE DISAPPOINTED〜 / 坂本龍一 + DAVID SYLVIAN

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2017年07月03日

ブランド名への思いと、ケニアで過ごされた幼少期について

Kangarui代表で、
アーティストのRui(山下累)さんをお迎えしています。 

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インテリア&アクセサリーブランド「Kangarui」
このブランドについて
Ruiさん「インテリアグッズやアクセサリーを
作っているんですけれども、自分の作ったアートを
商品にプリントして販売しています。」
「(ブランド名は)ホロホロ鳥という鳥が
スワヒリ語で『カンガ(Kanga)』っていうんですが、
それと私の名前のRuiを合わせて、『Kangarui』ってしたら
なんとなく、オーストラリアの動物みたいで覚えやすい
かなと思ってこの名前にしました!」

※ホロホロ鳥:アルジュエリア、モロッコにあたる、
熱帯地方に生息するキジ科の鳥。


【Ruiさんと「Kangarui」のアート作品・商品】
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Ruiさんはお父さんの仕事の関係で、長く海外生活をされ、
中でもケニアは1番長く過ごされました。
Ruiさん「4歳から18歳までケニアにいて、
その間2年ぐらいはインドネシアいた時期もあるんですが、
主にナクルとナイロビで過ごしていました。」
「ナクルはケニアの中でも4番目に大きい都市で、
インターナショナルスクールもあります。
ここは、黒人やインド人の方が結構いました。
日本人は、ほとんどいなくて、、、(笑)
私と弟とあと2人ぐらいでした。
「父がジャッキーチェンだったとか、ジョークで言うと
信じてくれたりとか、世界で1番すごい文房具を
Ruiは持っていると思われてしょっちゅう盗まれていました (笑)」

今夜の選曲:UNDER AFRICAN SKIES / PAUL SIMON

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2017年06月30日

7月3日から7月7日は

Kangarui代表で、
アーティストの山下累さんをお迎えします。 

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今週のゲストは、カンガルイ代表で、アーティストの山下累さんです。
1984年、東京生まれ。
幼少期にケニアなどの海外に暮らし
2007年にイギリスのノッティンガムトレント大学を卒業された後、
日本やドイツでグラフィックデザイナーとして活躍、
その後、再びケニアに渡り、カンガルイというブランドを
設立されて代表を務めていらっしゃいます。

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2017年06月30日

食べ物をきっかけに地方と都市が交流する「ちよだいちば」の活動

NPO法人 農商工連携サポートセンター
代表理事の大塚洋一郎さんをお迎えしています。

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大塚さんは、の屋上庭園の他にも「ちよだいちば」
という市場を運営しています。
「ここは地方の食べ物を都会の人に食べてもらうための
1番の出口となる場所なんですね。10坪ほどでとても
小さいところなんですが、とても面白いところなんです。
都道府県のアンテナショップってたくさんあるじゃないですか。
でも、都道府県のアンテナショップって消費者にとっては
広すぎるんですね。食文化的にはやはり市町村なんです。
ただ、市町村がアンテナショップを出せるかといったら
財政的に厳しい… だったらうちが小さいけれど、
全国の市町村のアンテナショップになろう!ってことで、
立ち上げたんですね。現在は1ヶ月ごとに市町村を
変えてお店の半分はその市町村の物産を、もう半分は
そのほかのという形で販売しています。
それと市町村の方にも1ヶ月4万で陳列できる棚を売って
ですね。販売できる環境を提供しています。」

「ちよだいちば」では1ヶ月に1度、
「ちょい飲み」というイベントを開催しています。
「ここは近くのOLさんが本当に多くてですね、
だいたいがリピーターが多いです。
1ヶ月に1度ですね、生産者、消費者関わらず参加できる
「ちょい飲み」というイベントを開催していまして、
お店の野菜を調理して、みんなで交流して
飲むといったイベントです。これがまたおかげさまで
好評なんですけど、キーワードは「交流」ですね。
地域の生産者とお店に来る消費者が
直接話して飲み食いをする。その大きなきっかけに
あるのが食べ物なんですね。私のやっていることは、
食べ物をきっかけに地方と都会の交流を進めるという
ことかなと改めて思います。」

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2017年06月29日

松山市、遊子川地区の「ザ・リコピンズ 」に見る成功例

NPO法人 農商工連携サポートセンター
代表理事の大塚洋一郎さんをお迎えしています。

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大塚さんはこの8年間、
地方、首都圏に関わらず様々な農産業の
事例を見てきた中で、1番の成功例として
あげるのが、愛媛県松山市 遊子川地区の
トマト産業の成功です。
「ここの集落はわずか、300人なんですけれども
ここのお母さんたちが5年前に立ち上がりまして、
遊子川のトマトで何かやりたい!と思い立ちまして、
加工品を作るわけですよ、初めはトマトジュースを
作って、次は「トマト酢」を作るわけですよ。
大量にトマト酢を作ってしまいましてね…
どうするの?ってなった時に、地域のゆず農家の方が
ゆずポンにしてみては? と言いまして、「トマゆずポン」と
いうのが出来上がりました。笑」

「トマゆずポンは最初はですね、中々売れないんですね。
お母さん方、女性のお客さんがほとんどですので、
重いものは買わないわけですよね。そこで、
量を減らして売ってみたら、持ち運びもラクにできるように
なって徐々に売れるようになってきたんですね。」

「今となっては、遊子川のお母さん方で結成された
「ザ・リコピンズ」が生まれたんですね。
遊子川の活性化のため生まれたリコピンズですが、
元々は働いていなかったり、他で働いていたりした
地域のお母さんたち20名が集まったんです!
遊子川地区の人口300人中の20名のパートタイムですけど
雇用ができたんですね!
もちろんですね、最初の年などは売り上げないんですが、
2年目は500万!、3年目は1000万!、
去年は2000万!を達成しました! 
もう1つ商品があって「こどもケチャップ」っていうのが
あるんです。それと「食堂 遊子川」っていう食堂があるんですけど、
この3つだけで、2000万を達成したんです!
本当に小さな例ですけど、食と農を繋いでいる例として
は1番だと私は考えていますね。」

今夜の選曲:ZUZULAND / OMAR SOSA / SECKOU KEITA

staff| 20:48 | カテゴリー:ゲストトーク


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