2025年07月09日
国宝 最高でした
(電話の音)
もしもし・・・あ、はい。
はい、明日ですよね?はい、大丈夫です。
はい。 はい。
あ、これって、迎えにきてくれるんですかね?
あ、会社の方に一度?
あ、、わかりました。
はい。
あ、はい。
じゃあ明日よろしくお願いします。
は~い、失礼します。
(電話が切れた音)
土曜日に
確認電話がかかってきた。
もちろんかけてきたのは
あの時の日焼けした若者からで
私は明日の朝
日曜日の9時に
物件を観に行く。
近所でチラシを配っていたのだが
不動産会社は家から車で20分程の場所にあった。
朝9時丁度にビルにつき
エレベーターのボタンを押す。
チンっ
という軽快な音のあと扉が空くと
男性が一人。
日焼けした若者だった。
私は、一瞬わからなかったが
ああ、おはようございます!
と声をかけた。
すると彼は、
何の事?とばかりに無言だった。
とはいえ私も
1週間前ちょっと話した男性の顔なんて
普通覚えていないので
自分から
「今日いく物件ってここから近いんですか?」
と、餌を与えた。
すると
「あ、今日のところはここから車ですぐですよ」
と
食いつくような食いつかないような
あ!気づきませんでした!という空気でもないし
ものすごくヌルッと元の関係を取り戻しにきた。
でも
私的にはそれがちょうどいい。
これくらい距離感あったほうがすぐ帰れるし。
彼自身、今着いたばかりで、タイムカードもきっていない
まだ業務外ですよ!ということなのか
席には案内してくれたのだが
その様子は、バイト初日の大学生くらい、
ずいぶんとぎこちなく、愛想が悪かった。
一杯だけサービスというお茶を渡してくれてから
10分が経過した。
室内に流れていた、その会社のCMの音だけを
繰り返し聞いた。
「すみませんお待たせしました~。」
新たな男性がやってきた。
恰幅の良い、真面目そうな男性だった。
そこから
およそ1時間30分
物件の紹介を聴いていた。
物件を観に行くって話じゃなかったっけ?
エレベーターの時から
違う世界線に迷い込んだのかと思った。
帰りは、近くでラーメンでも食べて帰ろう
そう思いはじめていたころ
「じゃあ、物件を観に行きましょうか。」
と
時刻は、10:45
予定では、もう帰宅しているはずだった。
物件までは、
最初の日焼けの若者が運転して連れて行ってくれた。
さっきまでとは別人のように
接客業を、僕にしてくれた。
車中
僕は今社会人1年目で結婚を考えている彼女がいます
この会社は、3か月で異動になるので
いまの場所はもう終わりなんです
さっきの人が僕の初めての上司だったんですけど
どうでしたか?
上司どうでしたか?に関しては
初めて聞かれた質問だったので
なんだか笑ってしまったが
未だに何と返すのが正解だったのか
解っていない。
「すみません、ちょっと道が狭いので
このパーキングで止めて歩いていきましょう。」
都内は道が狭い。
自分でもこんなところ、運転はしたくないものだ。
止めたパーキングから、物件に到着するまでに
割と止めやすそうな別のパーキングがあったが
見なかったことにした。
物件に到着すると
建物の入り口に、別のおじさんが立っていて
「え?●●(企業名)さん今日はいってたっけ?」
と険のある顔で若者に話していた。
「あ!そのスリッパはうちのだから使わないでね!」
耳に言葉をいれつつ
私はまだ誰のものでもないその家に入っていった。
新築物件はとても良かったけど
さすがに、じゃあ買おう!
というところまではいかなかった。
そもそも探していたエリアとは別の場所で
本当に、
あくまで、
いったん見にきた、
それだけだった。
一通り見終わり
体感、行きの半分の時間で
もときたパーキングに戻った。
「どうでしたか?」
どうでしたか?・・・
ただ見ただけで、特に何もない。
この近くには美味しいカレー屋がある。
ゴボウが入っているカレーだ。
昼時はいつも混んでいるお店だ。
彼からしたら、
ここが勝負どころなのだろう。
今回
エリアとしては候補にはいってある物件
それとほぼ同条件の別のエリアの物件を見学したのだが
彼は、まだ見てもいない
その物件を丁寧におすすめしてきた。
「6月末は決算期なので、かなり頑張れます!
エリアは変わるけど、ここも大丈夫ということなで
で今日の物件とほぼ条件は同じです!
正直買いだと思うんですよね・・・。」
買いと言うのは、私に向けて言っているのだろうか?
彼からすれば、ここで頑張らないと意味がない。
それもわかる。
そうですね、今は即買うということには
・・・ならないですね・・・。
なるべく笑顔で、そして静かに言った。
すると彼は車を降りて
上司と電話をし
なぜか新しい物件情報を持ってくる。
そしてまた笑顔で静かに言った私に、
彼はまた車を降りては
やはり新しい情報を持ってくる。
なぜ、私が買うという選択をするのだろうか?
むしろ私がおかしいのだろうか?
これまでの道筋を思い出す。
思えば初めから
三車線の対向車線、端と端くらいすれ違っている。
ここ最近の日本の暑さは恐ろしい。
彼もやられてしまったのだろうか。
まもなく11時半。
変わらず笑顔で断る私に対し
若者もようやく諦めてくれた。
正直、今の場所からだと
家の方が近いので、このまま降りて帰りたかったのだが
一度会社に戻らないといけないらしい。
諦めた彼ではあったが
急に態度が冷たくなることはなかった。
車内はクーラーがよく効いている。
ガガガガガ
車をパーキングからだそうとして
スルー出来ようにもできない異音が
我々の足下から聞こえてきた。
「あ、すみません、レバー上げっぱなしでした!」
扉をあけ、すぐに清算をすませにいく若者。
戻ってきた彼に
一応
大丈夫ですか?
と声をかける。
「ああ大丈夫です!では行きますね。」
ガガガガガガガガ
ガガガガガガガガ
ガガガガガガガガ
大丈夫ではなかった。
パーキングを出て左折し、5mほど進んだところで
「すみません!ちょっと待ってください」
と、彼はこの日2度目の諦めをして
異音の正体を確かめに、今一度外に出た。
窓の外をみると、彼はまた電話をしていた。
が、
今回は新しい物件情報を持ってくることはなさそうだ。
そして
異音とは別の、作業の音が新たに聞こえてくる。
10分くらいが経った。
いよいよ帰りたいな。
いつ出ようか迷ってると
後部座席左
私のすぐ横の扉が空いた。
日焼けした彼が
今度は右手にガムテープを持っていた。
「すみません、ちょっと今すぐ修理できそうになくて、、、
このあとお仕事ですよね?!
今日はこのまま出てしまって大丈夫です!すみません!」
顔にはたっぷりの汗をかいていた。
私は車を降り
さすがに
車の下をのぞき
状況を聴いた。
「下のパーツが完全にえぐれちゃって
走るとひきずっちゃうみたいで・・・」
たったの10分の作業で
彼は汗だくだった。
すみません、ここで出ちゃいますね
私は自然と腰が低くなった。
なんだか申し訳ない気持ちになった。
家も売れず、挙句、車も壊し、
彼がこのあとどうなってしまうのか
考えただけで汗が出た。
ありがとうございました!
が、
はたしてこの状況で正しい言葉なのか分からないが
私は彼に挨拶した。
「はい!ありがとうございました!」
右手にガムテープをもった汗だくの彼。
出会ってから1番の笑顔で、
彼は私を見送りしてくれた。
あれから2週間が経つが
連絡は、まだない。